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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1349号 判決 1985年3月13日

原告

柳田運輸株式会社

被告

斉藤肇

主文

一  被告は、原告に対し、金一一二万七四五一円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二二五万四九〇三円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告は原告に自動車運転手として雇傭されていた者であるが、昭和五七年三月一二日午前五時二〇分ころ、原告所有の普通貨物自動車(足立一一き二五七一号、以下「原告車」という。)を業務として運転して、栃木県矢板市境林七三九番地先東北自動車道矢板西那須間の下り車線を走行中、居眠り運転により中央分離帯に乗り上げて横転事故を起こし、原告車を大破させ、日本道路公団所有のガードレール及び中央分離帯を損傷するとともに、原告車から外れた燃料タンクが訴外八巻英夫所有の普通乗用自動車(福島五六そ八七七四号、以下「八巻車」という)に接触し同車を大破させた(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は居眠り運転により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条の責任を負う。

3  損害

(一) 中央分離帯の修理費 金一七六万六九三〇円

(二) 八巻車の修理費 金三万五七六三円

(三) 積荷(有限会社コートク化学所有)破損代 金六一万六〇〇〇円

(四) 原告車の損害(全損) 金一〇〇万円

(五) 事故処理費(レツカー代) 金二〇万八四〇〇円

(六) 休車損 金三九万四七四〇円

原告は、原告車により本件事故当時別表のとおり日額金一万三一五八円の収益(水揚高から労務費、燃料費、高速代の経費を控除したもの。)を得ていたところ、本件事故により原告車が全損し新車購入までに三〇日を要したから、休車損害は金三九万四七四〇円となる。

4  原告による賠償

被告は原告の従業員としてその業務執行中に本件事故を惹起したものであるため、原告は被告の使用者として前記3(一)ないし(三)の損害額を賠償した。

5  損害のてん補 金一七六万六九三〇円

原告はその加入する保険会社から保険金(対物保険)一七六万六九三〇円の支払を受けた。

6  よつて、原告は被告に対し、前記3(一)ないし(三)の求償額と同3(四)ないし(六)の損害額の総額金四〇二万一八三三円から5のてん補額を控除した残額金二二五万四九〇三円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件事故により原告車及び八巻車が大破したとの点は否認し、その余は認める。

2  同2の事実は認める。同3の事実は不知。同4の事実は争う。同5の事実は不知。

三  抗弁

(一)  原告は、被告との間で、業務執行中に事故が発生した場合には原告において損害額の支払を負担する旨約しているから、被告には原告に対し本件事故による損害を賠償すべき責任はない。

(二)  本件事故は、原告の過酷な労働条件に起因して発生したものであるから、信義則上その損失を原告に転嫁することは許されず、原告の求償権行使は失当である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第二証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、本件事故により原告車及び八巻車が大破したとの点を除く事実及び同2(責任原因)の事実は当時者間に争いがない。

二  証人山田健二の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二、第三号証、第四号証の一ないし三、第五ないし第七号証、第九ないし第一二号証及び証人山田健二の証言によれば、請求原因3(損害)及び4(原告による賠償)の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  原告がその加入する保険会社から保険金(対物保険)一七六万六九三〇円の支払を受けたことは原告の自認するところであり、前記3の合計額から右てん補額を控除すると、残額は金二二五万四九〇三円となる。

四  抗弁について判断する。

1  抗弁(一)(損害額を原告において負担のうえ支払う旨の約定の存在)の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  抗弁(二)(信義則違反)について

前記甲第七、第一一、第一二号証、証人山田健二の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は貨物運送を業とする会社で、事故当時少なくとも従業員五五〇人(うち運転手は約四五〇人)、保有車両約四七〇台を擁していたが、対物及び対人保険には加入していたものの車両保険は保険料が高額であるとの理由から付保していなかつた。被告は昭和五七年一月二一日ころ原告に運転手として入社し、月のうち二〇ないし二三日間右運転業務に従事していたところ、本件事故は事故前日の夕方ころ被告が事故車両を運転し名古屋を出発して仙台まで貨物を運搬する途中、約一二時間経過後の事故当日早朝、居眠運転により発生したものであること。

(二)  被告は勤務態度としては普通で、これまでさしたる交通違反歴もなく、昭和五六年一二月から昭和五七年二月までの三か月間で月額平均金二八万〇九五八円の給料を得ていたが、本件事故後一、二か月後に原告を退職した。

ところで、使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきであり、(最判昭和五一年七月八日民集三〇巻七号六八九頁)、前認定の事実に鑑みると、原告は本件において前記損害額の二分の一に限り被告に対して賠償及び求償を求めうるもので、その余は信義則に反し許されるものでないというべきである。これにより前記損害額から二分の一を減額すると金一一二万七四五一円(一円未満切り捨て)となる。

五  以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、金一一二万七四五一円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

別表

<省略>

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